Chikuwaのつぶやき

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ドイツ語の文法は難解?格変化と語順

中学から英語、大学の第二外国語で1年半フランス語、そしてドイツでドイツ語を学び、これらの言語と日本語を比較する面白さが分かってきました。

学部で理学部にいた僕の身の回りでは、言語を学ぶことに興味がある人は多くありませんでした。ドイツ語文法は何となく、複雑で難しいという印象が広まっており、第二外国語を選択する際には敬遠されていた記憶があります。この記事では、具体例や他の言語との比較もしながら、本当にドイツ語は厄介者なのかどうか考えてみます。

動詞が文末にくる

僕はベルリンで4ヶ月間語学学校に通っていました。英語やフランス語、スペイン語ポルトガル語母語とするクラスメイト達と学ぶ中で、彼らが最初驚き四苦八苦していたのは、

動詞が文の最後にある!!

ということ。ドイツ語に馴染みのない方のために、ここで一つ例を挙げてみましょう。

Ich trinke Bier. 私はビールを飲む。

これは英語でお馴染みのように、SVO、つまり主語+動詞+目的語という順になっています。Ichは英語のI(私)、trinkeはdrinkと似ていますね。でもこの文、実際のドイツ生活で口にすることはあまりありません。レストランやビアガーデンでも「俺はビールを飲む!」なんて宣言はせずに、さっさと"Prost!"とか"Zum Wohl!"(乾杯)と言ってみんな飲み始めるからです。実際のシチュエーションで言いたいのは、例えば

Ich möchte Bier trinken. 私はビールを飲みたい。

とか

Ich kann kein Bier trinken. 私はビール飲めません。

といった発展形。ここで注目してほしいのは、動詞trinkenが文のIchの直後ではなく、文末に移動していることです。英語でいうwant toとかcanに対応するmöchteやkannが主語の直後にくると、元々あった動詞は文末に移動するのです。この現象は分離動詞 (trennbare Verben) という、文字通り文中で分裂する動詞でも見られて

Ich räume heute mein Wohnzimmer auf. 私は今日、部屋を掃除する。
Ich muss heute mein Wohnzimmer aufräumen. 私は今日、部屋を掃除しなきゃいけない。

aufräumenというのは英語でいう"clean up"のような意味で、aufがupに対応しています。ドイツ語では1語なんですね。上の例は英語の"I clean up my room today."と同じようにSVOの語順を守るためにわざわざräumenが前へ出てきています。下の例ではmuss (英語のmust、助動詞)がSVOの"V"のポジションにいてくれるので、räumenは文末でaufとくっつくことができます。

...と考えると、ドイツ語ではむしろ、動詞が文末にくるSOVという形がオリジナルであって、助動詞などの代役が誰もいなくてどうしようもない時に、仕方なく動詞が主語の直後まで遡ってくる、という考え方が自然ではないか?実はこの考え方が「V2語順」と呼ばれ、英語を除くゲルマン語で広く見られる現象なのだそうです(僕はドイツ語しか分からない)。

元々ゲルマン系のアングロサクソン人が現在のイギリスに王国を建設していたところに、1066年のノルマン・コンクエスト以降フランス語が支配した結果、英語はゲルマン語(ドイツ語、オランダ語スウェーデン語 etc.)とロマンス語(フランス語、イタリア語、スペイン語)の両方を混ぜたような言葉になった。その過程の中で英語からこの「V2語順」が消えていったというのは、何とも歴史を感じさせて面白いと思いませんか?民族間の争い、領土の奪い合い、特権を誇示するために上流階級が平民と異なる言葉を使う、といった歴史の波に揉まれる中で、祖先の言語が持っていた文法が淘汰され、角が取れて丸くなったおかげで、英語が(フランス語やドイツ語と比べれば)簡単な言語になったというわけです。英語が世界言語になったのは、イギリスの植民地やアメリカの経済力もありますが、学びやすさが大きな一因だったと思います。

性別・格変化と語順

語順の問題には、名詞・冠詞の性別や格変化が大きく寄与します。この記事↓

に詳しく書かれていますが、簡単に言えば

語順を入れ替えても意味が正しく通じればいい。意味がおかしくなってしまうなら、語順は変えてはいけない

という原則です。これは人と人とのコミュニケーションを媒介する、という言語の目的から考えれば納得しやすいと思います。古代ギリシャ語やラテン語に始まり、フランス語にもドイツ語にも、というかヨーロッパの多くの言語に性や格変化が「残っている」。ウクライナ語では日常では6種類、厳密には7種類の格を使い分けていると聞きました(古英語やドイツ語は4)。そんな中で、英語はこの規則を撤廃しました。主語でも、目的語でも、前置詞の後に置かれても、theはいつもtheなのです:

I took the language course.         (目的語)
The course attracts interest from overseas.  (主語)
You will get a certificate after the course.  (前置詞の目的語)
The goal of the course is to ...        (前置詞の目的語)

これがドイツ語だと

Ich habe den Sprachkurs besucht.           (目的語)
Der Kurs weckt die Interesse weltweit/vom Ausland. (主語)
Man bekommt ein Zertifikat nach dem Kurs.     (前置詞の目的語)
Das Ziel des Kurses ist ...              (前置詞の目的語)

となり、der, den, dem, desと変化します(der Kursが男性名詞だから)。

「英語に格変化が無くてよかった!」と安堵されているかも知れませんが、それは話すあるいは書く、情報を発信する側の都合です。発信する側が面倒に感じて色々省略することで、コミュニケーションに支障をきたすことはよくあります。日本語ネイティヴ間の会話でも、主語を省略したが故に相手に意味が伝わらない、ということはしばしば起きます。上で述べた原則を思い出してください。「文の意味がおかしくなってしまうなら、語順は変えてはいけない」。主語でも目的語でも単語の形が変わらないので、受け取る側は語順を変えられては困ります。SVOの骨格だけの短い文ならまだしも、従属節(when, because, since等あるいは関係代名詞節)にたくさん代名詞が現れて、それぞれ何を指しているのだか分からなくなった、というのは高校・大学受験英語で経験があるかも知れません(もっとも、そういう分かりにくい文はドイツで英語で仕事をする中では出会いませんでしたが)。どうしてそんなに語順を変えたいのか?と疑問に思われるかも知れませんが、日本語では日常的に行っていることです:

私は昨年その語学講座を受けました。
昨年私はその語学講座を受けました。 
その語学講座を私は去年受けました。 

これがドイツ語でも起きます。V2、つまり動詞は第2ポジションにくるのですが、それ以外の要素は比較的柔軟に並べ替えられます:

Ich habe letztes Jahr den Sprachkurs besucht.
Letztes Jahr habe ich den Sprachkurs besucht.
Den Sprachkurs habe ich letztes Jahr besucht.

文脈によって、どの言葉を最初に持ってくるかが変わります。情報伝達は時間と共に左から右へ移っていくので、直前の内容を受けた言葉が次の文の先頭にくるのが、人間の思考回路的に自然に感じます。「AはBです」という話をした後は、「BはCです」と続くのが自然ですよね。英作文の講義などで教わった、


旧情報→新情報 の順にすればcoherentな(文と文がスムーズに繋がっていてわかりやすい)作文ができる!

という教訓もこれに通じます。日本語は膠着語(こうちゃくご)といって、「が」「に」「を」「は」などを名詞の後ろにくっつける(膠着)ことで名詞の格を規定しているので、文の意味がおかしくなることを心配せずに言葉を並べ替えられるのです。ただ一つの制限は「動詞は文末」の原則ですね。ドイツ語でも同じように、動詞さえ第2ポジションにあれば、あとは結構入れ替えてもいいんです。そしてその語順は、直前にどんな話題があったかで決まってくるんです。

僕のお気に入りである、鷲巣由美子「これならわかる ドイツ語文法」第22章にも、

ドイツ語の文は、日本語をもとにまず不定句にして考えると、たいていの場合 (中略) 組み立てることができます。

と書かれています。日本語→英語の変換よりも、日本語→ドイツ語の変換の方が並べ替えが少ないのは僕の実体験でもあります。普段から語順を情報伝達の流れに沿うよう決めている日本語ネイティヴにとって、必ずしも、ドイツ語は難解ではないのではないでしょうか?